menu

シシノメラボ 共創と循環

獣害の現場から、命の循環へ
農家・君塚さんが語る、「守る農業」とシシノメラボがつなぐ未来

三芳村生産グループ元代表/君塚 弘和さん

農薬や化学肥料を一切使わずに農業を営んできた農家・君塚さんにとって、獣害は長年向き合ってきた現実でした。一晩で畑が荒らされる悔しさ。守ろうと工夫を重ねても、思うように防ぎきれないもどかしさ。
今回は、獣害の“被害者側”である農家さんの視点から、命をどう受け止め、どう次につないでいくのか。そのリアルな声をお届けします。

―有機農業を50年以上続けてきた、君塚さんのこれまで

■まずは、ご自身について教えてください。どんな農業をされていますか?
君塚さん:
南房総市三芳地区で、『三芳村生産グループ』として、無農薬・無化学肥料の野菜を50年以上つくり続けています。白菜、人参、ブロッコリー、ロメインレタスなど、加工品も含めて年間70品目ほどを育てています。

私が入った当時、三芳村生産グループには25軒ほどの農家がいましたが、今は高齢化もあって14軒ほどになりました。それでも、「採れたものを、そのまま届ける」というスタイルはずっと変わっていません。注文制ではなく、その時々に収穫できた野菜を組み合わせて、消費者のもとへ平等に届けています。
何が届くかはその日次第で、価格も一定ではありません。それでも多くの方が購入してくださるのは、有機で育てること、その姿勢や背景ごと受け取ってくださっているからだと思っています。

三芳村生産グループでは、肥料は自家製の鶏糞ともみ殻を使用しています。一つの畑で多品目を育てるスタイルも、先代の頃から少しずつ増やしてきたものです。年配の方には大根や玉ねぎといった根菜類が好まれますし、若い世代にはサラダ感覚の葉物野菜が人気です。時代に合わせて、作るものも少しずつ変えてきました。

Q.農業を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
君塚さん:
私は三芳村生産グループの二代目です。52年前、親の代から無農薬・無化学肥料で農業を始めました。きっかけは、東京のお母さんたちから「子どもに安全な野菜を食べさせたいから、有機で作ってくれないか」と声をかけられたことでした。
当時は、「本当にできるのか?」と半信半疑で見られることも多かったですね。でも、試行錯誤を重ねながら続けてきました。50年以上前から、ここまで徹底した形で有機農業に取り組んできたグループは、日本でも数少ないのではないでしょうか。

―「一晩で畑が消える」獣害のリアル

■農業をされる中で、どのような獣害に悩まされてきましたか?
君塚さん:
一番多いのはイノシシですね。ここ10年ほどで被害がかなり増えました。その後、キョンの被害も見られるようになっています。地域によってはシカやサルもいますが、このあたりでは、イノシシとキョンの被害が特に深刻です。最近は獣も学習していて、ウリボー(子どものイノシシ)ですら箱罠にかからないこともあります。

■どのような対策を取られているのですか?
君塚さん:
電柵を張ったり、防獣ネットを設置したり、できることは一通りやっています。ただ、それでも獣は柵やネットを越えてくるんですよね。完全に防ぐのは、やはり簡単ではありません。

■被害の規模や頻度は、どのくらいなのでしょうか?
君塚さん:
場所によって差はありますが、ひどいときは畑一枚が丸ごとやられます。特に被害が大きかったのは、大豆畑ですね。数年前、1反分の枝豆が全部食べられてしまいました。丹精込めて育てて、収穫間際で全滅。農家にとっては、まさに死活問題です。

■被害を受ける立場として、どんなことを感じていますか?
君塚さん:
正直、やりきれない気持ちになります。時間をかけ、愛情込めて育ててきた作物が、一瞬でなくなるわけですから。
でも同時に、彼らも生きるために必死なんですよね。人間が畑をつくって作物を育てているのと同じで、獣たちも生きるために動いている。それも頭では分かっています。
ただ、こちらは自分たちの畑を守るので精一杯です。丹精込めて作ったものが一瞬でなくなるのは、やっぱり悲しい。なかなか共存は簡単な問題じゃないと、日々感じています。

―地域と協力しながら「守る農業」

■獣害対策において、地域の猟師さんや行政との連携についてどう感じていますか?
君塚さん:
獣害は、農家だけで解決できる問題ではありません。以前、行政から「獣が出る山を柵で囲む」という案も示されました。しかし、農家の家は山のすそにあることが多く、現実的には難しいのが現状です。実際、一部の場所では囲っていても、どこからか獣は侵入してきますし、どこから入ってきたのか特定するのは困難です

だからこそ、猟師さんや行政と連携しながら、地域全体で向き合っていくしかないと思っています。一つの立場だけで解決できる問題ではありませんね。

■若い世代に、この地域の農業を継いでもらうために必要なことは何だと思いますか?
君塚さん:
農業は収穫量も読めないし、資材費や設備投資もかかるので、新規就農にはある程度の覚悟が必要です。
地域の田畑も、少しずつ空き始めています。だからこそ、いきなり全部を任せるのではなく、一部を借りて先輩農家に教わりながら育てていくスタイルが良いと思っています。そうやって、新しい担い手を育てていけたらいいですね。

また、最近は大規模農家や効率化された農業が注目されがちですが、小規模農家も必死に頑張っていることをもっと知ってほしいですね。

―被害から次の命へ、つなぐ視点

■捕獲された獣が「革」として活かされることについて、どう感じていますか?
君塚さん:
もともと獣害は、農家にとっては“困りごと”でしかありませんでした。昔は、獣が罠にかかったら、そのまま土に埋めて終わり、ということも多かったんです。
でも、今は処理場もできて、シシノメラボが革として活用してくれるようになりました。捕獲で途絶えていた命に、その先ができた。これは、とても大きな変化だと思っています。
命が無駄にならず、次につながっていく。そのこと自体が、捕獲される側にとっても、送り出す側にとっても、少し救いになるような気がしています。シシノメラボの取り組みには、心から共感していますし、これからも応援したいと思っています。

―シシノメラボから見た君塚さん

シシノメラボ(大阪谷さん):
君塚さんには、私が大学生の頃からお世話になっています。15年ほど前、大学のサークルで農家さんのお手伝いを企画・実施する活動を行っていた中で出会ったのが、君塚さんでした。畑に通い続けるうちに、農作物が獣害によって失われていく現実に直面し、「農家さんのためにも、命を落としていく動物たちのためにも、何か自分にできることはないだろうか」と考えるようになりました。

一度は都内で就職しましたが、働きながらも週末は農家さんのもとへ通い、獣害対策や狩猟の現場に関わるようになりました。そうした経験が、今のシシノメラボの活動にもつながっています。

革職人と農家さんは、直接つながる存在ではないかもしれません。でも、革の話を語るうえで、獣害の現場に立つ農家さんの声は欠かせないと思っています。
すでに、単発で農家体験企画を実施してきましたが、今後は獣害の現場、農業の現場、そして捕獲された獣が革になっていくプロセスまでを一体で体験できる形にアップデートしていきたいと考えています。

close