
山で捕獲された命が、その後どこへ行き、どのように扱われているのか。その工程は、日常からはなかなか見えにくいものです。
「房総いのかジビエセンター」は、地域で捕獲された獣を受け取り、再び社会へとつなぐ重要な役割を担っています。
今回は、加工の最前線に立つ中村さんに、現場のリアルな姿や、「シシノメラボ」の存在意義、そして命と向き合う姿勢についてお話を伺いました。
―命を引き受ける仕事にたどり着くまで
■まずは、中村さんがこの仕事を始めた経緯について教えていただけますか?
私はもともと陸上自衛隊に所属し、木更津駐屯地に配属されていました。その時の同期が狩猟に興味を持っていたことをきっかけに、一緒に何かできないかと話すようになったんです。その後、私とその同期の2人で、「房総いのかジビエセンター」を立ち上げました。
もともとは狩猟で生計を立てたいという思いもありましたが、現実的にはなかなか難しく、加工を通じて命を活かす方法を模索する形になりました。
当時、この建物には猟友会が入っていましたが、高齢化の影響で運営を引き継ぐ人を自治体が探していました。そこで、私たちが引き継ぐことになったんです。
もちろん、加工の経験は全くなかったので、最初は関係者に教わりながら少しずつ技術や流れを学んでいきました。こうして未経験の状態からスタートしましたが、今では加工から卸売まで、命を活かす立場として日々取り組んでいます。
―加工場の役割と現場のリアル
■捕獲された個体が加工場に届くまでの流れを教えてください。
基本的には、私たちが直接現場へ引き取りに行っています。
まず、罠に獣がかかると、農家さんや被害を受けている方から連絡が入ります。獣は20kg程度のものから90kg近いものまで個体差が激しく、一般の方が運ぶには危険も伴います。ですので、連絡をもらったらすぐに現地へ駆けつけるようにしています。
■加工場への搬入後はどのような流れになりますか?
搬入後、まずはその日のうちに内臓の摘出と皮剥ぎを行い、「枝肉」の状態まで一気に仕上げます。洗浄後は、冷蔵庫で3〜5日ほど吊るして、余分な水分や血を抜いていきます。
その後、「脱骨」という工程で部位ごとに骨を外し、ブロック肉に切り分け、最後に真空パックの状態で冷凍保存するという流れです。
■現場で大変だったことや工夫していることはありますか?
やはり、最初は解体の仕方を一から学ぶところが大変でした。加えて、食肉を扱う仕事なので、衛生管理や法律面など、守らなければならないルールも多く、そこを理解して対応していくことにも苦労しました。
一方で、現場で工夫している点としては、単に解体・処理を行うだけでなく、学びの場をつくることです。SNSで募集をかけ、同業種の方に向けた講習を行っています。
また、前職からのご縁もあり、自衛隊の見学を受け入れて講習を行うこともあります。狩猟やジビエに興味を持つ隊員さんは意外と多いんです。
そのほかにも、料理人の方から「実際の現場を見たい」という相談を受けることもありますね。
加工場として命を受け取るだけでなく、その背景や現場を伝えていくことも、大切な役割だと感じています。
―活かしきれなかった命と、循環への一歩
■これまで、皮や骨などの副産物はどのように扱ってきましたか?
骨や内蔵については、現在はペットフードとして自社で製造しています。骨や内臓には、ペットにとって必要な栄養素が豊富に含まれていて、きちんと加工・処理をすれば、ペットフードとして十分に価値のある原材料になります。意外に思われるかもしれませんが、実際には一定の需要がある分野なんです。
一方で、皮についてはどうしても活用が難しい部分でした。処理の手間や知識、設備の問題もあり、ずっと課題として残っていたところですね。
■「食肉」だけでなく「皮」も活かすという考え方についてどう感じますか?
皮や骨などの「残渣(ざんさ)」をいかに減らせるかは極めて重要です。
廃棄物が減れば、命をより無駄なく使えるという意味でも価値がありますし、現実的な話をすると、処分コストの削減にもつながります。
理念的にも、事業としても、どちらの面でもプラスになる考え方だと思います。
■シシノメラボの「土に還る革」という発想を聞いて、どんな可能性を感じますか?
実は以前、自分たちでも皮を活用できないかと、「なめし」の方法を調べたことがありました。ただ、工程や手順を知れば知るほど難しさを感じてしまって…ハードルがとても高く、結局実行には至りませんでした。
だからこそ、シシノメラボが「土に還る革(土に還すことのできる、循環する革=チバレザー)」として形にしていると聞いたときは、本当にすごい取り組みだと感じました。
加工場としては手が届かなかった部分を、別の専門性を持つ人たちが引き受け、命を次の価値につなげてくれている。その存在はとても心強いですね。
皮の活用は長年の課題だったので、「シシノメラボがいてくれて助かった」というのが正直な気持ちです。
―地域とともに続けるために、必要なこと
■加工場を運営する上で、地域の理解や協力はどのように得ていますか?
この仕事を続けていくうえで、地域との関係性はとても大切です。
なかでも、日々被害に向き合っている農家さんとの信頼関係は欠かせません。そのため、連絡をもらったら、できるだけ早く現場に駆けつけるように心がけています。
また、房総いのかジビエセンターでは、職員の出勤表を毎月、紙で農家さんに配布しています。そこには、連絡先や対応可能な時間帯を書いていて、「誰に・いつ連絡すればいいか」がすぐ分かるようにしています。デジタルで管理する方法もありますが、農家さんは高齢の方が多く、このやり方が一番分かりやすく、結果的に定着しました。
手間はかかりますが、日々のやり取りを積み重ねながら信頼を築いていくことが、地域の理解や協力につながっていると感じています。
■事業として続けるうえで課題に感じていることはありますか?
一番の課題は、供給が安定しないことですね。
自然が相手なので、どうしてもその年の気候や環境に左右されます。この地域で捕れるのは主にイノシシとシカですが、毎年まったく状況が違うんです。
この仕事を8年ほど続けてきましたが、「長くやれば傾向が読めるようになるか」というと、そう単純ではありません。ある意味、漁業に近いところがあると感じています。
一方で、ジビエの需要自体は年々高まっています。特にコロナ禍以降は右肩上がりです。以前は専門店やフレンチお店が中心だったのが、最近では居酒屋などのより身近なお店でもジビエ料理が提供されるようになってきました。なかでも10〜12月の年末は、需要が一気に集中します。
君津市全体では年間5,000〜6,000頭ほどが捕獲されていますが、そのうち年間でおよそ1,000〜1,500頭を房総いのかジビエセンターで処理しています。卸売をメインとしている分、繁忙期に安定して供給できるよう、事前に冷凍庫で在庫を確保しながら、捕獲量と需要のバランスを見て調整しています。
自然相手だからこその難しさはありますが、その中でどう工夫し、どう続けていくか。そこを常に考えながら、この仕事に向き合っています。
―加工で終わらせない、次の一手
■シシノメラボの取り組みについてどのように見ていますか?
房総いのかジビエセンターは「食肉」として命を受け取り、シシノメラボは「革」として命をつなぐ。扱うものやターゲットは違いますが、「一頭を無駄にしたくない」という思いは、まったく同じだと思っています。
それぞれが自分たちの役割を担いながら、違う角度から同じ命と向き合っている。
そういう意味で、とても良い役割分担ができていると思っています。
■今後、一緒に取り組みたいことや期待していることはありますか?
今後は、シシノメラボと一緒にイベントなどにも出展してみたいですね。
私たちは普段、卸売が中心のため、実際に食べてくれる“消費者の声”を直接聞く機会がほとんどありません。
イベントに出展することで、“食べる”というところから、“革として生まれ変わるところ”まで、一頭の命がどのように活かされているのかを一貫して伝えられると思っています。また、イベントなどで直接いただく声は、今後の取り組みを考えていくうえで、大きなヒントになるはずです。
また、卸売だけでなく、小売向けの商品開発にも少しずつ挑戦していきたいと考えています。
食肉だけ、革だけと切り分けるのではなく、いくつかの切り口を組み合わせることで、より多くの人にとって関わりやすい“入口”が生まれるのではないかと思っています。